Appleの逆襲なるか?AI戦略の遅れと「LLM Siri」による起死回生策の全貌

ここ最近、私たちの生活に急速に浸透してきたAI(人工知能)。特に、まるで人間と会話しているかのように自然な文章を作り出す「生成AI」は、世間をあっと言わせました。
そんな中、iPhoneでおなじみのAppleが、AI戦略で少し出遅れているのでは?という声が聞こえてきます。そして、その鍵を握るのが、私たちが普段から使っている音声アシスタント「Siri」のようです。
Apple Intelligenceの現状とSiri再構築の噂
Appleは昨年、鳴り物入りで「Apple Intelligence」という独自のAI機能を発表しました。しかし、その滑り出しは順調とは言えず、多くの課題に直面しているようです。
Bloombergの報道によると、Appleはこの状況を打開するために、Siriを根本から作り直すという大きな決断を下したとのこと。社内では「LLM Siri」と呼ばれているこのプロジェクト、一体どのようなものなのでしょうか。
そして、なぜAppleはこのような大掛かりな再構築に踏み切る必要があったのでしょうか。
なぜAppleはAI開発で出遅れたのか?Bloomberg報道が明かす7つの理由
Appleといえば、革新的な製品で世界をリードしてきた企業です。しかし、ことAIに関しては、ChatGPTのような先進的なAIに比べて、少し見劣りする部分があるかもしれません。BloombergのMark Gurman氏のレポートは、その背景にあるいくつかの要因を指摘しています。
1. AIへの大型投資へのためらい
まず一つ目の理由として、Appleのソフトウェア部門トップであるCraig Federighi氏が、「AIへの大規模な投資に消極的だった」という点が挙げられています。Appleは、明確なゴールが見えないプロジェクトへの投資には慎重な傾向があるようです。
しかし、AI開発は、あるAppleの幹部が「投資してみないと、どんな製品になるか分からない」と語るように、まずやってみることが重要な分野。高価なGPU(AIの計算処理に不可欠な半導体)の購入も遅れ、結果として競合他社に後れを取ってしまったのかもしれません。
2. 開発スタートの遅れ
驚くべきことに、Apple Intelligenceという構想自体が、2022年末にChatGPTが登場するまでは「アイデアすらなかった」と別の幹部は語っています。
つまり、世間が生成AIの可能性に熱狂し始めてから、Appleはようやく重い腰を上げた、ということになります。スタートが遅れた分、追いつくためには相当な努力が必要になるのは想像に難くありません。
3. AIチャットボットへの懐疑的な見方
AppleのAI部門のトップであるJohn Giannandrea氏は、人々はAIチャットボットをそれほど求めていないと考えていたようです。彼は従業員に対して、顧客はChatGPTのようなツールを無効にしたがることが多い、と語っていたとのこと。この見方が、AI開発への積極性を欠く一因となった可能性は否定できません。
4. 旧Siriと新技術の統合の難航
Appleは当初、既存のSiriに生成AI機能を追加することで、手っ取り早くAI競争に追いつこうと考えたようです。しかし、これがうまくいきませんでした。
「まるでモグラたたきのようだ。一つの問題を修正すると、別の問題が三つも発生する」と、ある従業員はGurman氏に語っています。古いシステムに新しい技術を継ぎ足すことの難しさがうかがえます。
5. AI部門トップのリーダーシップと社内力学
John Giannandrea氏は、2018年に外部から採用された珍しいケースの幹部でした。報告によると、彼は他の経営陣のような「強力な」個性を持っておらず、社内で十分な影響力を発揮できなかったようです。
巨額の予算を獲得するための強い働きかけも不足しており、部下を十分に鼓舞することもなかったとされています。さらに、OpenAIやGoogleのような巨大AI企業を、Appleにとって喫緊の脅威とは見なしていなかったとも言われています。
6. 先行しすぎたマーケティングと機能の遅延
AppleのAIに関するマーケティングは、改良されたSiriや、システム全体から文脈を理解するApple Intelligenceなど、まだ準備が整っていない約束された機能に大きく焦点を当てていました。しかし、これらの機能はその後、延期を余儀なくされています。期待が大きかった分、ユーザーの失望も大きかったかもしれません。
これらの要因が複雑に絡み合い、AppleのAI開発は思うように進まなかったようです。大企業特有の意思決定の遅さや、既存製品とのしがらみ、そしてリーダーシップの問題が浮き彫りになっているように感じられます。
「LLM Siri」とは?Appleが進めるSiri大改革の3つの柱
では、Appleはこの状況を打開するために、具体的にどのような手を打とうとしているのでしょうか。その中心にあるのが、Siriの完全な再設計です。単に既存のSiriに機能を追加するのではなく、土台から作り直すというのです。
1 Siriを根底から作り直す:LLMベースへの完全移行
BloombergのGurman氏によると、AppleはスイスのチューリッヒにあるAIチームに、新しいアーキテクチャの開発を任せているとのこと。この新アーキテクチャは、「完全にLLM(大規模言語モデル)ベースのエンジンで構築される」そうです。
LLMとは、大量のテキストデータを学習することで、人間のように自然な文章を生成したり、質問に答えたりできるAIのこと。ChatGPTもこのLLMを基盤としています。このLLMベースのエンジンにより、Siriは「より人間らしい自然な会話ができ、情報をより上手く統合できるようになる」と期待されています。
これは、私たちが知っているSiriが、全く新しいものに生まれ変わる可能性を秘めていると言えるでしょう。
2 プライバシー重視:iPhoneと差分プライバシーを活用したデータ収集
Appleといえば、ユーザーのプライバシー保護を非常に重視する企業です。AIの開発には大量のデータが必要ですが、Appleはここでも独自のアプローチを取ろうとしています。
その一つが、iPhoneの処理能力と「差分プライバシー」という技術を活用することです。具体的には、iPhoneユーザーのメールなどの言語データ(もちろん個人のプライバシーは保護された上で)と、AIが生成した偽の学習データを比較し、その合成データのみをAppleに送信してAIのトレーニングに利用するというものです。
これにより、ユーザーのプライバシーを守りながら、AIの性能向上に必要なデータを収集できると考えられています。さすがApple、プライバシーへの配慮は徹底していますね。
3 SiriがWeb検索も?外部情報を取り込む新機能の可能性
さらに興味深いのは、新しいSiriがWeb上の情報を活用する可能性です。LLM版SiriをWebにアクセスさせ、「複数の情報源からデータを取得し、統合する」ことを検討しているとのこと。
これは、SiriがPerplexityのようなAIWeb検索ツールに近くなることを意味します。Perplexityは、AppleがSafariのAI検索機能で提携を打診した企業の一つでもあります。もし実現すれば、Siriに話しかけるだけで、最新の情報をまとめて教えてくれる、なんて未来がやってくるかもしれません。
AI戦略の再編:John Giannandrea氏の役割変更とその意味
このような大きな変革の中で、これまでAppleのAI戦略を率いてきたJohn Giannandrea氏の役割にも変化があったようです。
Gurman氏の報道によれば、彼はこの春、製品開発、Siri、そしてロボティクスプロジェクトから外れました。Appleの経営陣は彼の「引退への道筋」についても話し合ったものの、彼が連れてきた研究者やエンジニアが一緒に退社してしまうことを懸念しているとのこと。
いずれにせよ、Giannandrea氏自身は、「Siriが他の誰かの問題になって安心している」とされ、会社に留まる意向のようです。
この人事は、AppleがAI戦略を本気で立て直そうとしていることの表れと見て取れます。新しいリーダーシップのもと、より迅速で大胆な意思決定が可能になるかもしれません。
まとめ
「LLM Siri」を中心としたSiriの抜本的な改革は、AppleのAI戦略における大きな転換点となるでしょう。
もちろん、この改革が成功するかどうかはまだ分かりません。
技術的なハードルは高く、GoogleやOpenAIといった競合他社は常に先を行こうとしています。
しかし、Appleには強力なブランド力、世界中に普及しているデバイス、そしてプライバシーを重視する姿勢という強みがあります。
筆者自身もiPhoneユーザーとして、Siriの進化には大いに期待している一人です。
もっと賢く、もっと自然に会話できるSiriが実現すれば、私たちのデジタルライフはさらに便利で快適なものになるはずです。
Appleがこれまでの遅れを挽回し、再び私たちを驚かせるような革新的なAI体験を提供してくれるのか、今後の動向から目が離せません。
(Via The Verge.)
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