今回はテクノロジー業界の巨人、Appleに関する大きな動きについてです。皆さんが普段使っているiPhone。その作られる場所が、これから大きく変わるかもしれない、というお話です。具体的には、これまで「世界の工場」としてiPhone生産の中心だった中国から、南アジアの大国インドへと、生産拠点を移そうという動きが活発になっているのです。
この背景には、米国と中国の間の貿易に関する問題や、一つの国に頼りすぎるリスクを避けたいというApple自身の戦略があります。でも、この大きな引っ越しは、そう簡単な話ではないようです。
今回は、Appleのインドへの生産シフト計画の具体的な内容と、その前に立ちはだかる意外な壁について、最新の情報を交えながら詳しく見ていきましょう。
なぜAppleは生産拠点を移したがっているの?
まず、そもそもなぜAppleが長年築き上げてきた中国での生産体制を変えようとしているのか、その理由から見ていきましょう。
一つ目の大きな理由は、米国と中国の関係、特に「貿易戦争」とも呼ばれた経済的な対立です。米国のトランプ大統領、の前政権時代から、両国の間には貿易に関する様々な問題が起きてきました。Appleのような巨大テック企業にとって、こうした政治的な不安定さは、ビジネスを進める上で大きなリスクになります。
関税(輸入品にかけられる税金)が上がったり、輸出入に制限がかかったりすると、製品の価格が上がったり、生産がストップしたりする可能性があるからです。
二つ目の理由は、「サプライチェーンの多様化」という考え方です。サプライチェーンとは、製品が作られて消費者の手元に届くまでの、部品の調達、製造、輸送といった一連の流れのこと。Appleはこれまで、iPhoneの生産の大部分を中国に頼ってきました。
しかし、一つの国に頼りすぎると、その国で何か問題(例えば、自然災害や感染症の流行、政治的な混乱など)が起きた時に、生産全体が大きな影響を受けてしまいます。最近のコロナ禍でも、中国のロックダウン(都市封鎖)によって生産が滞る経験をしましたよね。そこで、リスクを分散させるために、中国以外の国でもiPhoneを作れる体制を整えようとしているわけです。インドは、その有力な候補地として注目されているのです。
このように、政治的なリスク回避と、安定した生産体制の維持という二つの大きな目的から、Appleは中国からの生産移管、特にインドへのシフトを進めていると考えられます。
インドへの大規模シフト計画:FINANCIAL TIMESの報道
では、Appleは具体的にどれくらいの規模でインドへの生産シフトを計画しているのでしょうか? イギリスの経済紙 FINANCIAL TIMES が報じた内容(DARING FIREBALLの John Gruber 氏も注目しています)によると、かなり野心的な目標が設定されているようです。
記事によれば、Appleはなんと、 2026年末まで に、 米国で販売される年間6,000万台以上 のiPhoneすべてをインドで組み立てることを目指しているとのこと。これは驚くべき目標です。
もし実現すれば、インドでのiPhone生産量は現在の2倍近くに増えることになります。
Appleは、約20年もの間、中国に巨額の投資を行い、世界最高レベルの生産ラインを作り上げてきました。それが、同社を時価総額3兆ドル(日本円で約450兆円以上!)もの巨大企業へと成長させる原動力の一つとなったわけです。
その中国中心の体制から、わずか数年で、米国市場向けの生産を完全にインドへ移すというのは、非常に大胆な計画と言えるでしょう。
この動きは、単に生産拠点を増やすというレベルを超えて、Appleのサプライチェーン戦略における大きな方向転換を示唆しています。投資家たちが考えている以上に、Appleは速いスピードで中国依存からの脱却を図ろうとしているのかもしれません。
しかし、計画通りには進まない?:立ちはだかる政治的な壁
ただ、こうした壮大な計画も、すんなりとは進んでいないようです。ここで、もう一つの情報源、The Information の Wayne Ma 氏による報道を見てみみると、こちらでは、Appleがインドへの生産シフトを進める上で、政治的な緊張が大きな障害となっている実態が報告されています。
中国当局による輸出規制の実態
報道によると、問題となっているのは、iPhoneを作るために必要な「製造装置」を中国からインドへスムーズに運び出せない、という点です。
具体的には、今年初め、Appleが必要としていた次期モデル「iPhone 17」の試作用の機械を、中国のあるサプライヤー(部品や装置を供給する会社)がインドに輸出しようとしたところ、中国当局から許可が下りなかった、という事例があったそうです。
これは単発の出来事ではないようで、複数の関係者の話として、中国当局が理由を説明せずにiPhone関連の製造装置のインドへの輸出を遅らせたり、阻止したりするケースが増えているとのこと。
以前は2週間程度で済んでいた輸出承認が、最近では最長で4ヶ月もかかることがあるというのです。中には、申請が理由なく却下されるケースもあるとか。
規制の対象となっている装置には、以下のようなものが含まれるとされています。
- iPhoneのフレームに金属部品を精密に溶接するための 高精度レーザー
- デバイスの防水性能を測定する 気密性テスト装置
- 部品を正確につかんで移動させる ピックアンドプレース機 (ロボットアームのようなもの)
これらは、高品質なiPhoneを大量生産するために不可欠な、非常に高度な機械です。これらの輸出が滞るということは、インドでの生産ラインの立ち上げや拡大に直接的な影響を与えかねません。
サプライヤー側の「抜け道」?
こうした中国側の規制強化に対して、Appleやそのサプライヤーも手をこまねいているわけではないようです。先ほどのiPhone 17試作用装置のケースでは、サプライヤーは興味深い方法でこの問題を回避したと報じられています。
その方法とは、
- まず、東南アジアに フロントカンパニー(表向きの別会社) を設立する。
- そのフロントカンパニーが、問題の製造装置を中国から購入する。
- 装置が東南アジアの国に到着した後、そこからインドにある Foxconn (iPhoneの組み立てを請け負う世界最大の企業)の工場へ送る。
まるでスパイ映画のようですが、このようにして、なんとか必要な装置をインドへ運び込んだというのです。
記事中で引用されている映画『ジュラシック・パーク』の Ian Malcolm 博士のセリフ「生命は道を見つける(Life finds a way.)」をもじって、「Appleも欲しいものを手に入れる道を見つける」と評されているのが面白いですね。
しかし、このような「抜け道」がいつまでも通用するとは限りませんし、余計な手間やコストがかかることは間違いありません。中国当局とApple・サプライヤー側の間で、まさに「強硬な戦術(Hardball tactics)」が繰り広げられている状況と言えそうです。
インドでのiPhone生産の現状と今後の見通し
では、現在インドでは実際にどれくらいのiPhoneが作られているのでしょうか? そして、今後の見通しはどうなのでしょうか?
The Informationの記事によると、インドでは既に 年間3,000万台から4,000万台 のiPhoneが組み立てられており、これはiPhoneの世界全体の生産量の 最大5分の1(20%) に相当する規模だそうです。これは思った以上に大きな数字かもしれませんね。
さらに、Appleは今年、インドでのiPhone生産量を 約10%増やす 計画を持っているとのこと。そして、長期的な目標としては、iPhone生産全体の 約半分 を中国国外(主にインドやベトナムなど)に移したいと考えている、という関係者の声も紹介されています。
これらの情報から、Appleがインドでの生産を着実に拡大しており、今後もその流れを加速させたいと考えていることは明らかです。しかし、先に見たような中国当局による製造装置の輸出規制強化は、この計画の達成を難しくする大きな要因となりえます。
Appleの未来を左右するサプライチェーン戦略
今回は、Appleが進めるiPhone生産のインドへのシフト計画と、それに伴う課題について見てきました。
- 背景: 米中貿易摩擦のリスク回避と、サプライチェーンの多様化が主な目的。
- 計画: FINANCIAL TIMESによると、2026年末までに米国向けiPhone全量をインドで生産するという野心的な目標がある。
- 課題: The Informationによると、中国当局が製造装置のインドへの輸出を規制・遅延させており、計画の障害となっている。サプライヤーは「抜け道」も使うが、根本的な解決には至っていない。
- 現状と今後: インドでは既に世界生産の最大2割を担っており、今後も拡大計画があるが、中国との政治的な駆け引きが続く可能性がある。
Appleにとって、安定した製品供給体制を維持することは、ビジネスの根幹に関わる非常に重要な課題です。
巨大IT企業であるAppleが、地政学的なリスクや国際関係の変化にいかに対応し、グローバルなサプライチェーンを再構築していくのか。その動きは、私たち消費者の手にする製品だけでなく、世界経済全体にも影響を与える可能性があります。
今後、Appleがこの困難な状況をどのように乗り越え、インドでの生産シフト計画を実現していくのか、引き続き注目していきたいですね。
(Via DARING FIREBALL.)
LEAVE A REPLY