App Storeの手数料は下がったのに…? DMAによるアプリ価格低下、実現せずとの調査結果

欧州連合(EU)が、巨大なIT企業の影響力を抑えて、私たち消費者のためになるようにと導入した「デジタル市場法(DMA)」というルールがあります。この法律の大きな目的のひとつは、AppleのApp Storeのような場所の手数料を引き下げさせて、それによってアプリの価格が下がり、私たちがトクできるようにすることでした。
実際に、DMAが導入されたことで、AppleはEUの中での手数料の仕組みを変更しました。では、私たちが期待したように、アプリの価格は安くなったのでしょうか?
どうやら、現実はそんなに単純ではなかったようです。Appleが支援した新しい調査によると、手数料が下がったのに、そのオトクな分はアプリの価格にはほとんど反映されていない、という少し残念な結果が報告されました。今回は、この調査結果をわかりやすく見ながら、ルールの「ねらい」と「実際のところ」の間に何が起きているのか、一緒に見ていきたいなと思います。
EUの期待と現実、DMA導入でアプリは本当に安くなったのでしょうか?
まず、DMAが作られた理由を簡単におさらいしましょう。EUは、AppleやGoogleのようなとても大きな会社(「ゲートキーパー」と呼ばれます)が市場を独り占めして、アプリを作る開発者の人たちに高い手数料を払わせることで、最終的に私たち消費者が高い値段を払わされているんじゃないか、と心配していました。
そこでDMAというルールを作り、Appleのような会社にルールの変更をせまったわけです。Appleもこれを受け入れて、EUの中では、開発者の人たちが選べる新しいビジネスのやり方を導入しました。これには、今までよりも低い手数料や、App Storeの外でお金を払うことを認める選択肢などが含まれています。
EUのねらいはハッキリしていました。「手数料が下がれば、開発者の人たちはその安くなった分をアプリの価格に反映させるだろう。その結果、私たちはもっと安くアプリやサービスを使えるようになるはずだ」というものです。
これは、とてもわかりやすい期待ですよね。でも、世の中はいつも計算通りに進むとは限りません。今回、Appleがお金を出し、調査コンサルティング会社の「Analysis Group」が発表したレポートは、このEUの期待に「ちょっと待った!」と疑問を投げかける内容だったんです。
Apple支援の調査が示す「手数料削減が価格に反映されない」リアルな実態
今回の調査は、Appleがスポンサー(お金を出した)という点で、内容をそのまま全部信じていいかは、少し慎重に見たほうがいいかもしれません。とはいえ、調査の規模や具体的なデータは、とても興味深いものです。
レポート「What Happens to App Prices when Developers Pay Lower Commission Fees?(開発者が支払う手数料が下がると、アプリ価格はどうなるか?)」は、DMAのルールが変わった後の2024年3月から9月までのデータをもとにしています。
調査の対象になったのは、EUのApp Storeにある約21,000個のアプリ。この間にあった4,100万回以上の「購入」や「アプリ内課金」のデータを分析したそうです。
この調査がハッキリさせようとしたのは、「Appleが手数料を安くした結果、開発者の人たちはその利益を私たち消費者(お客さん)に値下げという形で返してくれたのか?」という一点です。そして、その答えは、残念ながら「ほとんどNo(安くなっていない)」というものでした。
調査でわかった数字、開発者の9割が価格据え置きか値上げを選んだ
調査結果の中心となるところは、とても具体的な数字で説明されています。

- まず、DMAに対応したことで、アプリの手数料は平均で約10%下がりました。
- これにより、開発者のみなさんは全体で約2,330万ドル(日本円で約35億円)もの手数料を節約できた計算になります。
ここまでは、DMAがねらった通りの「開発者のコストが減る」という結果になっています。問題はこの後です。
- 調査したアプリのうち、90%の開発者は、手数料が下がったのに、アプリの価格をそのままにするか、むしろ値上げしていました。
- 価格を引き下げた開発者も約9%いましたが、レポートは「このくらいの価格変更は、DMAが始まる前から普通にあったことですよ」と指摘しています。つまり、手数料が下がったから値下げした、とは言いにくい、ということなんですね。
これは、どういうことでしょうか。簡単に言えば、開発者の多くの人が「手数料が下がってラッキー。でも、価格は下げないでおこう」と判断した、ということになりそうです。
削減分の利益はどこへ? EUの外に住む開発者がトクする仕組みに
では、開発者の人たちが手にした「安くなった分の利益」は、一体どこへ行ってしまったのでしょうか。もしEUがねらった通り、EUに住む人たちの利益になるなら、EU国内の開発者がもうかって、それが新しいサービスや雇用のために使われる…なんて話も考えられます。
でも、調査はここでもちょっと皮肉な結果を明らかにしています。
節約された手数料(開発者の利益)のうち、実に86%以上が、EUの外に住む開発者の手に渡ってしまったというんです。
つまり、EUが作ったルールによって生まれた利益のほとんどは、EUの外に流れてしまった、ということになります。これでは、EUの消費者がアプリを安く買えないだけでなく、EUの経済にも思ったほどの良い影響が出ていないかもしれません。
Appleの言い分、「DMAは消費者のトクにならず、新しいものを生み出すジャマをしている」
この調査結果を見て、Appleはもちろん「ほら、やっぱり!」という態度を強めています。
Appleは、今回の調査結果について「驚きません」と話し、「DMAというルールやその進め方には、やっぱり問題があるという証拠です」とコメントしています。Appleの言い分はいつも同じで、「DMAは消費者のトク(価格低下)につながらないばかりか、プライバシーやセキュリティ(安全)を危険にさらしている」というものです。
価格の問題だけではないんです。AppleはDMAが、新しい便利な機能(イノベーション)を生み出すジャマをしているとも言っています。
たとえば、Macの画面をiPhoneに映す「iPhoneミラーリング」や、AirPods Proの「ライブ翻訳」といった新しい機能が、EUでは提供が遅れています。Appleによれば、これはDMAのせいだというのです。
「EUのルールでは、これらの新機能をライバル会社(他社製品)にも提供できるようになるまで、Appleの製品を使っているお客さんにさえ提供することが違法になる」とAppleは説明しています。そして、「ライバル会社は、Appleが開発した新しい機能をタダで手に入れて、自分たちのために利用しようとしている」と、ルールを作る側や競争相手を批判しています。
私たちが考えるべきこと、ルールの「ねらい」と「実際に起きたこと」
今回の対立は、とても根っこが深い問題を私たちに問いかけている気がします。
EU(ルールを作る側)は、「大きなIT企業の力を抑えて、みんなが公平に競争できるようにして、消費者を守る」という大切な目的をかかげています。
一方で、Apple(企業側)も、「そのルールは消費者のトクにならないし、むしろプライバシーや新しい技術を犠牲にしている」と、こちらも消費者のためだと反論しています。
どちらの言い分にも、正しい部分があるように聞こえますよね。でも、少なくとも今回の(Appleがお金を出した)調査が示す「数字」だけを見ると、DMAがもともとねらっていた「消費者が安く買えるようにする」という一番わかりやすい目標は、今のところ達成されていないように見えます。
もちろん、ルールの効果は価格だけで決まるものではありません。開発者の選べる道が増えたこと自体に価値がある、という見方もできます。ただ、物事を単純に「ルール=良いこと」「大企業=悪いこと」と考えたり、その反対に「ルール=ジャマなもの」「企業=正しい」と考えたりするのは、ちょっと危ないかもしれません。
私たち消費者としては、こうした「ルール」と「市場の動き」、そして「会社の戦略」がフクザツにからみ合った結果、何が起きているのかを冷静に見つめる必要があります。「手数料が下がれば価格が下がる」という単純な計算式が成り立たない現実を突きつけられた今、DMAが本当に目指すべきだった価値とは何だったのか、改めて考える必要がありそうですね。
今回のポイント
- EUのデジタル市場法(DMA)は、App Storeの手数料を下げるきっかけを作りました。
- でも、Appleが支援した調査によると、手数料が下がってもアプリの価格は下がらなかったようです。
- 開発者の90%は価格をそのままにするか、値上げを選んだと報告されています。
- 手数料が安くなって生まれた利益の86%以上は、EUの外に住む開発者に渡ったとされています。
- Appleは「DMAは消費者のトクにならず、新しい技術のジャマをしている」と言っています。
- ルールの「ねらい」と、実際に市場で起きる「結果」が、必ずしも同じにならない複雑さが見えてきましたね。


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